現在個人事業主として商売している人が、その事業を法人化して会社にする場合のメリットとデメリットをしっかり答えられますか?
法人化した後に「こんなことなら個人事業主のままで事業を続けて、法人化しなきゃよかった…」と後悔しないためにも、メリットデメリットを事前にきちんと知っておく必要があります。
この記事では、個人事業主が法人化する時のメリットを中心に説明を行い、デメリットを最小限にしつつ、でも法人化した方がよい理由、その手続きや費用などを解説します。
目次
個人事業主・法人の定義
そもそも個人事業主、法人とはどのようなものでしょうか?この章ではまず個人事業主、法人、それぞれについて定義します。
個人事業主とは、個人で事業を営んでいる経営者のことを指します。
もちろん個人名のまま事業している方もいますが、一般的には屋号「○○屋」とか「○○商店」を頭に付けてその下に自分の名前を入れて営業している方が多いです。
また個人事業主の特徴として、事業年度は全員が1/1~12/31であること、この間の売上げや経費を自分で計算し、税務署に確定申告・税金納付することなどが上げられます。
また申告時期は事業年度の翌年、2/15~3/15の間に必ず行わねばならないのも個人事業主の特徴です。
一方法人とは、法「人」と名前が付いているように、個人とは別に認められている社会的存在で、公的機関の法務局に法人の設立登記を出して、その登記簿に名前が載せられれば法人を名乗ることができるようになります。
法人には株式会社、合同会社、合名会社、合資会社などの種類があり、現在日本の法人は8割以上が株式会社、残りの2割弱が合同会社から構成されています。
株式会社と合同会社・合資会社・合名会社の違いとメリット・デメリット
一般的に法人代表者のことを社長と呼びますが、法人の特徴は法人の財布と社長の財布が別物であると言う点です。
いくら会社の代表権を持っている社長であっても、自分の判断で勝手に会社のお金を自由にできるのではなく、特に大きなお金が動く重要案件などは、必ず法人の最高意思決定機関である株主総会、または取締役会の許可がなければ独断で決済することはできません。
また事業年度が決まっている個人事業主と違い、法人の事業年度は定款で自由に定めることができます。
したがって定款でその会社の最も忙しい時期を避けて事業年度末を決められる自由もあります。
なぜなら事業年度が終わると2ヶ月以内にすぐに決算対応が必要なので、定款で会社として忙しくない時期を年度末に定めておくと、会社の繁忙期と決算時期をずらすことができるからです。
これは法人化のメリットとも言えます。
個人事業主が法人化するメリット
さてメリットの話が出たところで、この章では個人事業主が法人化するメリットについて具体的に紹介します。大きく分けて法人化のメリットは5つあります。
・法人の持つ負債等の責任を有限化できる
・納める税金が安くなる
・社会保険に入れるようになる
・会社の赤字を9年間繰り越しできる
・事業者としての対外的信用力が上がる
以下、各項目について解説します。
法人の持つ負債等の責任を有限化できる
法人化すると役員は会社が持っている全ての負債(支払先への未払金、銀行への借入金等)の責任を有限にすることができるようになります。
個人事業主だと、事業がうまくいかなくて負債を背負った場合、全ての負債を自分で背負うことになりますが、法人にすると、役員は事業で負った負債の責任をあくまで自分が出資した範囲に納められ全額を背負う必要がありません。
納める税金が安くなる
法人化すると、個人事業主のときより納める税金が安くなる場合があります。
法人(資本金1億円以下)の利益に掛かる法人税は、実効税率(法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税の合計)で約34%です。(ただしこれは会社の利益が800万円を超えた場合、会社利益が800万円以下のときは約23%)
一方個人の所得に掛ってくる所得税は、超過累進課税制度が取られているため、所得が上がれば上がるほど高くなる仕組みです。
たとえば個人の課税所得が195万円以下なら所得税率は5%ですが、課税所得が695万円超900万円以下で23%、900万円超1800万円以下で33%になります。
さらに個人に対する住民税は、住んでいる地域に関係なく所得の10%を支払う所得割と、住んでいる地域によって算出方法が異なる均等割からなっているため、課税所得が695万円超900万円以下では所得税と住民税の合計で税率34%を越えてしまいます。
これなら法人(資本金1億円以下)の利益に掛かる法人税は最高でも利益の34%程度なので、どちらが得かすぐに分かりますよね。
したがって結論としては、だいたい個人事業主の年間所得が700万円~900万円に達してくると法人化するほうが税金面では有利となってきます。
逆を言えばそれ以下の所得なら個人事業主のまま事業を続けても良いということです。
社会保険に入れるようになる
法人化すれば雇用人数に関係なく社会保険制度(健康保険、厚生年金等)への加入が強制となります。
またこれは会社の構成員が社長1人であっても同じです。
一方個人事業主だと、常時雇用している社員数が5名以下なら社会保険への加入は任意の取扱いとなっています。
つまり個人事業主が社会保険に入らないと判断すれば入らなくてもいいわけです。
すると一見、法人化することがデメリットのようですが、これは別の角度から見れば大きなメリットになります。
たしかに社会保険に入れば、健康保険、厚生年金等の保険料は会社と社員が折半して支払うことになるため会社側にとってコスト増ですが、勤める従業員にとっては福利厚生面が充実するので、長く勤められる安心感にもつながります。
会社の赤字を9年間繰り越しできる
法人化すれば事業で発生した赤字を、なんと最長9年間、繰り越しできるようになります。
これは赤字の発生した翌年以降、その赤字を毎年その年の利益と相殺でき、相殺の結果、単年度で利益が黒字になるまで繰り返し赤字が繰り越せることを意味します。
もちろん利益が赤字である限り、法人税の納税義務はありません。
一方個人事業主で事業が赤字になったときは、青色申告している条件の下でも、赤字の損失が繰り越しできるのは3年間だけです。
ところが法人になると、これが最長9年まで一挙に延長できるので、経営的にいかにメリットがあるか、誰でも分かりますよね。
事業者として対外的信用力が上がる
個人事業主が法人になると一般的に対外的な信用力が上がります。これは法人化による大きなメリットです。
個人事業主のままだと、取引予定の相手に信用力に乏しいとみられ取引してもらえない、できても取引先が限定される、金融機関から融資が受けにくいなどのデメリットが発生します。
また運良く融資が受けられても金融機関から条件に担保や保証人など求められることもあります。
一方法人になって対外的な信用力が増せば、取引先が確保しやすくなる、社員が採用しやすい、金融機関から融資が受けやすくなり資金調達力が増すなど、メリットが増えるのでいいことばかりです。
個人事業主が法人化するデメリット
一方でいくらメリットが多い法人化といえどもデメリットがないわけではありません。
この章では個人事業主の法人化に伴うデメリットを5項目を解説します。主なデメリットは以下の5つです。
・法人が赤字になっても税金を支払う必要がある
・社会保険の加入は強制
・法人化すると交際費は全額損金にならない
・法人化には費用が掛かる
・法人化で事務手続きが複雑化する
以下、項目各項目について説明します。
法人が赤字になっても税金を支払う必要がある
法人化によるデメリットの1番目は、たとえ法人が赤字になっても一部、税金を支払う必要があるということです。
個人事業主の場合、もし事業で最終利益が赤字となったら、その事業年度の所得税・住民税の納税義務はなくなります。
一方法人の場合、決算利益が赤字だと、個人事業主と同様、たしかに法人税の納税義務はありません。
しかしいくら利益が赤字になっても、法人の場合は法人住民税の均等割部分の支払義務は免れないルールがあります。
たとえば東京都に法人の本店所在地がある場合、資本金が1,000万円以下の法人(従業員数50人以下)だと、法人住民税の均等割として毎年東京都に7万円支払う義務があります。
会社が赤字でも、この税金の納税は毎年なので大きなデメリットです。
社会保険の加入は強制
法人化によるデメリットの2番目は社会保険の加入が強制となることです。
個人事業主で従業員数が5名以下であったとき加入が任意であった社会保険が、法人になった途端、仮に社員が1名でも社会保険への加入が必須となり避けられなくなります。
また社会保険に加入すれば、社員が納める健康保険料や厚生年金保険料の半分を会社が負担する義務が生じるので、人件費負担が増えるデメリットもあります。
さらに支払経費が増した分、毎月の会社の資金繰りにも一定程度影響してきます。
法人化すると交際費は全額損金にならない
法人化によるデメリットの3番目は、会社になると交際費は全額損金にならないという点です。
個人事業主では、交際費の項目が事業に関連性が高いと税務署に認めてもらえれば、その分は上限に制約なく全額損金処理できます。
一方法人、とりわけ資本金1億円以下の企業は年間800万円までしか交際費は認められていません。
事業運営上あまり重要な項目ではないものの、営業等で大きな接待費を必要とする業種の企業にとっては無視することはできません。
法人化には費用が掛かる
法人化によるデメリットの4番目は法人化には費用が掛かる点です。
個人事業主が法人化で会社を設立するには最低でも約10万円~20万円の費用が掛かります。
会社設立というと一般的に株式会社が思い浮かびますが、かつては株式会社の設立には資本金が最低1,000万円必要だった時代がありました。
しかし2006年の新会社法の施行で、現在では資本金が1円から会社設立できるようになっていますので、起業家や個人事業主が資本金を準備することに頭を悩ます必要はなくなりました。
一方で株式会社の設立には、法定費用だけでも登録免許税15万円、定款認定手数料に5万円、合計20万円掛かります。
またこれが合同会社だと法定費用は約半額の11万円で済みます。
しかし法人化には、さらに定款作成費用、行政書士や司法書士に手続き依頼した時の報酬など、追加で費用が加算されてくるので、法人化には一定の費用が掛かるということだけは忘れないようにしてください。
法人化で事務手続きが複雑化する
法人化によるデメリットの5番目は、個人事業主の時に比べて、事務手続きが複雑化してくるという点です。
個人事業主の場合、税務署に対して最初に青色申告、白色申告の選択ができ、さらに手続きとしてはやや複雑な青色申告制度を選んだときでも、やる気さえあれば自分で確定申告することは可能です。
しかし一旦法人化すると、税務・会計処理は個人事業主の時に比べて一挙に複雑化するため、どうしても専門家である税理士、公認会計士に処理を任せねばなりません。
またその委託費用も決して安くはなく年間で30万円~40万円以上掛かることもざらです。
さらに社会保険の手続きも煩雑なので、その対応に追加で事務員を雇う必要から人件費コストも上がってきます。
個人事業主が法人化するための手続き
最後に個人事業主が法人化するための手続きの概要について解説します。
以下はあくまで全体的な流れであり、実際はもう少し複雑な手続きになります。
【手順1】会社設立の基本事項の決定
会社設立に関してどのような会社形態にするか決める
主な設立形態は株式会社か合同会社なので、どちらか選んでおけばいいでしょう。
合同会社は株式会社に比べて設立コストは約半分で済みますが、認知度では株式会社に劣ります。
社名を決める
個人事業主時代から屋号を使っていればそれを引き継いでもいいし、心機一転、新たに社名を作ってもいいです。
事業目的を決める
そのまま個人事業主のときの事業内容を引き継いでもいいし、法人化とともに新しく取り組みたい事業があるなら定款に追加記載しておきましょう。
本社所在地を決める
本社住所は個人事業主のとき使っていた場所をそのまま登記してもいいし、別の新しい場所を本社にしても良いです。
ただし賃貸物件の住所を本店所在地にする場合には注意が必要です。事前に物件所有者の承認を取っておかないと後でトラブルになる可能性があります。
資本金を決める
設立する法人形態にもよりますが、資本金の額をいくらにするかは、個人事業主の時の資産状況も参考にして適切な額を決めて下さい。
ただしいくら会社が設立できるからと言って、資本金1円設立は対外的にも信用を落とすのでおすすめできません。(法務局で会社の登記簿謄本を取得すれば資本金を確認できます)
せめて100万円単位で資本金は用意しておきましょう。
資本金はどのように決めればいい?税金や与信への影響は?
役員を決める
法人の役員を誰にするかは、自分の家族や友人を入れるかどうかも含めて決めることになります。
現在は株式会社でも最初は事業主1名でスタートすることができるので、最初から無理して役員を多く入れる必要もありません。
【手順2】定款作成
手順1の基本事項が決まれば、次はそれを定款に盛り込んでいく作業があります。
また定款作成と併せて法務局に持参するための各種書類が必要です。
書類に関しては、法務局に直接出向くか、法務局の公式サイトにアクセスすれば、必要な書類のひな形が手に入るので、それを参考にして自社の必要書類を作成するようにしましょう。
もし他の手続きで忙しく自分で時間が取れないときには、その分野の専門家である行政書士や司法書士に頼みましょう。
・行政書士にできること:法人設立手続き全般(主に事務手続き代行、ただし法人登記は不可)
・司法書士にできること:法人登記(これ以外に定款作成も可)
【手順3】公証人による定款認証
株式会社を設立する場合、公証人*による定款認証手続きが必要なので忘れないようにして下さい(株式会社は所有と経営が分離しており、定款の真実性をめぐる関係者間の後日のトラブルを避けるためです)。
定款は紙の書類に印刷した定款を認証してもらう場合と流行の電子定款を使って電磁的に処理してもらうケースがあります。
紙媒体の定款を認証してもらうと印紙代が4万円掛かりますが、電子定款だと不要です。
したがって、法人の設立形態が株式会社でも合同会社であっても、定款を紙媒体で作成すれば印紙代4万円の納付が必要となります。
一方電子定款を作るためには、印紙代は掛からないもののそれなりの環境が必要です。
電子定款を作成するためには電子証明書や電子署名可能なソフトウェアなどの環境を整える必要があります。自力で進めるのが難しい場合は行政書士等の専門家に依頼することもできます。
※公証人とは、ある事実の存在、契約等法律行為の適法性について、公権力を根拠に証明・認証する者のこと
【手順4】法務局で登記申請
定款認証が済み、必要書類も整えば、あとは法務局への登記申請手続きだけです。
登記申請は登記の専門家である司法書士に依頼することが一般的ですが、自分で書類を法務局に持参して手続きを進めることもできます。
法務局で登記申請の受付が終わればその日が会社の設立日となります。
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まとめ
個人事業主が法人化するメリットを中心に、そのデメリットや手続きも含めて、多面的に解説してきました。
解説の中でも述べたように、個人事業主は売上げが伸びて個人所得が一定範囲を超えてきたら法人化したほうがメリットは多いのは間違いありません。
ただし同じ個人事業主といっても、ひとりひとり状況が違うので、売上げや利益、運営コストなど総合的に検討して、適宜、個人事業主のまま事業を続けるか、法人化するかを判断すればいいでしょう。