「救急車たらい回し」の先にある、理不尽を見据えて。ドクターズプライム代表・田氏に聞く経営と組織づくり

救急車の受入拒否回数は年間170万回。約4件に1件が受け入れられない計算だ。
情報の非対称性から生じる理不尽」を生む構造を現場で目の当たりにした救急救命医は、2017年に救急車のたらい回しをなくすサービスを提供する、ドクターズプライム社を立ち上げた。
目指すのは日本や世界の医療産業を変える「200〜300年続く組織」。その経営戦略を、代表の田氏に伺った。

田 真茂(でん まさしげ)

聖路加国際病院にて初期研修を行い、研修医優秀賞を受賞。都内随一の救急対応数を誇る同病院の救命救急センターで、当直帯責任者として断らない救急を実践する。2016年より株式会社メドレーに参画し、市中病院での救急当直の現場で、救急車が断られるという課題に直面する。断らない救急医療を実現するという想いから「断らない医師募集サービス ドクターズプライム」を開始。

───田さんは起業前、救急救命医だったということですが、なぜ医師になられたのですか?

昔も今も理不尽に苦しんでいる人を助けたいというのは変わっていませんが、元々は難民支援に興味があって、海外で仕事をしたいと思っていました。

国際系の学部への進学を考えていましたが、高校3年のときに中高共通の友人から「難民支援には、医療技術があったほうが役に立つのでは」と言われたことをきっかけに、医学部に進学しました。
ちなみに医師になるきっかけをくれた友人は、ドクターズプライム共同創業者の高橋です。

ドクターズプライムの共同創業者・取締役の高橋氏(左)と田氏(右)

───実際に医師になられた時は、どんな心境でしたか?

当初は期待と希望にあふれていましたが、現場で働いている医師たちが業務に追われて、人の命を救うということが「人助け」よりも「単なる業務」としてこなさなければならない現実に直面したんです。本当はもっと患者さんに寄り添いたいと思っていても、その時間がないんです。

体制や仕組みが整っていれば、もっと多くの患者さんの命を救えたのではないかと感じました。
「理不尽に困っている人を助けたい」という思いは変わりませんでしたが、当事者として戦うより、根本的に理不尽な環境を生み出す仕組みを変えたいと考えるようになりました。

ビジネス経験で、ショートカットできたこと

───その時から、起業を考えていましたか?

産業の仕組みを変えたかったので、大病院の院長になるか、厚労省に入省するか、起業するという3つの選択肢を考えたんですが、起業以外は道のりが遠そうで(笑)

医師になって3年目、遠隔診療が解禁になりました。医師がテレビ電話で患者さんと話して、薬を郵送で処方できる、新しい仕組みです。
もともとテクノロジー好きだったのもあり、このスキームに大きな可能性を感じて、その当時は遠隔診療のビジネスを立ち上げようと様々なイベントや勉強会で情報収集をしました。偶然、勉強会でメドレーの方に出会い、そのままメドレーに入社となりました。

───起業より先に、メドレーに入社してビジネス経験を積むことになったんですね。

今思えば、いきなり起業しなくてよかったです(笑)
ビジネスを経験せず起業した場合に踏む回り道を、ショートカットできたと感じています。2年間の営業経験では、営業だけでなく、組織の意思決定プロセスなど、病院の現場では学べなかったことを学べました。

───ビジネスの経験によって、視座が高くなったということでしょうか。

はい。医師時代の自分を思い返すと、なぜ起業するかという理由も曖昧だったし、夢だけ追っていて、それを実現する具体的な手段がぼんやりしていたように思います。ビジネスの経験を積んだことで地に足がつき、実現可能な計画を立てられるようになりました。

点と点がつながった瞬間

───2017年に、救急車の受け入れを拒否しない環境を整え、病院のたらい回しをなくすサービス「ドクターズプライム」を立ち上げたんですね。

ドクターズプライムが解決するペインは「救急車のたらい回し」だ

救急車たらい回しの構造的な問題に気づいたのは、転職して1年目に当直医(通常の診療時間外に勤務する医師)のバイトをしたときです。当直先で救急車を受け入れたら、看護師さんや病院の人からすごく驚かれたんです。先生、どうしてこんなに救急車を受け入れてくれるんですか?と。

───医師が救急車を受け入れて、周りの人に驚かれるんですか…?

それまでのバイトの当直医は、断ることが多かったそうです。
聖路加国際病院に常勤として働いていた頃は常に多忙でしたが、その理由が線でつながったように思いました。

聖路加のような救急病院は、周囲にある市中病院のバイト医師が断った救急車が搬送されてくるので常に忙しい。だから忙しい病院で常勤として働いている医師が市中病院でバイトするときには逆に「普段は自分が負担を受けているから」と断ってしまうという悪循環が生まれていたんです。

「救急車を受け入れる医師が足りない」という問題は、「救急売上が増えない」という病院のペインだけでなく、医師の疲弊や、救急車のたらい回しを受ける患者さんなど、いろんな人のペインが相互に繋がった問題なんです。

患者、救急隊、医師、病院の「四方良し」を実現するドクターズプライム

───そもそも、お医者さんが他の病院でバイトをするんだというのを初めて知りました。

勤務医であれば、バイトをする方は多いです。

実は、医師って常勤より当直バイトのほうが断然給料が高くて、常勤週5で働く場合よりも週3の当直バイトのほうが常勤の数倍も稼げるなんてこともよくあります。忙しさでは常勤のほうが圧倒的なのに、単価は逆転しているんですね。花形の救急病院に籍を置きながら、バイトで稼ぐという医師も多いです。

ドクターズプライムの医師向けページ

───だからドクターズプライムでは、「どこよりも給料が高い」という謳い文句で、「救急車を断らない当直のバイト」を紹介するんですね。

はい。ドクターズプライムのソリューションは「救急車のたらい回しで困っている病院に対し、救急車を断らない医師を紹介する」ということです。毎回勤務後に病院から医師を評価してもらい、一定ランクより下がった医師は利用停止、優秀な医師ほど給与が高くなるという設計によって、これを実現しています。

ドクターズプライムのビジネスモデル

───ドクターズプライムを利用する病院は、医師に通常のプラットフォームより高い当直料を払い、優秀な医師の場合はインセンティブも払い、システムの利用料も払って、経営上大丈夫なんでしょうか…?

これまで受けられなかった救急車を受け入れると、病院が本来機会損失していた売上がアップします。ドクターズプライムを使うことで、1晩で150万円もの売上が上がる病院もあります。その部分で、医師の給与を出していただく形です。

───患者さん、医師、病院、救急隊にとって四方よしのサービスなんですね。
逆に病院へ営業に行って断られることってありますか?

どなたとお話できるかが鍵ですね。
病院の経営者や決裁者の方だと、「救急車を受け入れて収益を上げる」というのは共感いただけるのですが、僕らがまず会いに行けるのは採用担当者だったりするんです。 採用担当のミッションって、「当直医のシフトを1ヶ月、きちんと埋めること」だったりして、残念ながら売上を自分ごととして考えているケースは少ないです。

メンバー選びはAirbnbをお手本に

───ドクターズプライムのチームづくりについてお聞きしたいのですが。

組織に対する思い入れは、他の会社より強いと思います。
人生を賭けて、長い目で日本や世界の医療産業を変えていく組織にしたいからです。200年、300年続く会社にしたいので、最初の10人を徹底的に選び抜くことが非常に重要と考えています。最近中途採用も始めましたが、いきなり採用ではなく、必ず業務委託を1ヶ月挟んだりします。

僕が憧れているのは、Airbnbのような組織です。ピーター・ティールがAirbnbに出資した際に、”Don’t fuck up the culture(カルチャーだけは台無しにするな)”と言ったそうです。実際にシリコンバレーのオフィスに行った際にも、社員一人一人が、創業者のような熱い思いで語っていて、本当にかっこいいと感じました。

───だからこそ、慎重に社員を選ぶのですね。

一般的なベンチャーでは、人を採用して急激に規模を拡大する必要がありますが、ドクターズプライムはある程度少人数でもスケールできました。
1年目で売上が出ていたので資金調達をすることがなく、焦らずじっくり採用を進められたのは、そのアドバンテージの一つです。

───最初からプロダクトが、顧客にフィットしていたんですね。

病院のペインを解決できるサービスであったこと、扱える予算額が大きい病院が顧客であるというのが、最初に爆発的な推進力を生んだのだと思います。

組織内でも株主にも、弱さをさらけ出せる関係でありたい

───先程「スピーディなイグジットは考えていない」とおっしゃっていましたが、田さんのイグジット戦略について教えていただけますか。

僕達のゴールは「日本や世界で産業を築いている状態」です。
ですので、短期的にイグジットを求めるのではなく、長期的な視点で投資家と長い目で関係を築けていけたらと思います。

───今後、エクイティ調達するとしたら、どんなVCやエンジェル投資家がいいですか?

長期的なビジョンや思想に賛同してくれる方がいいです。
また、手取り足取りというよりは、ハンズイフやハンズオフのほうが好きですね。

───どちらかというと、放っておいてほしいということでしょうか?

創業当時に惹かれていたのはハンズオンの進め方だったので、つきっきりで壁打ちできるVCやエンジェル投資家の方とお話していた時期もありました。しかし会う人ごとに考えが様々あり、もちろん第三者からの視点は大切ですが、結局は現場で一番考えている自分たちの意見を信じていくのがいいと思いました。

───その他に、投資家に期待することはありますか?

「弱さを見せられる組織」という在り方が好きです。

日本語の一般的な「信頼」と、英語の”trust”とは少しニュアンスが違うそうです。
日本語の「信頼」は、「君は能力が高いから、この仕事を任せられる」というような文脈で使われます。ですが、本当の意味での「信頼」って「あなたは攻撃をしてこない。だから私は弱さをさらけ出せる」という性質のものだと思うんです。
そういう「信頼」がないと、後々組織のパフォーマンスに影響すると思っています。
投資家選びも、そういう関係が理想ですね。

「救急車たらい回し」の先にある、理不尽を見据えて

───ドクターズプライムの、これからののマイルストーンを教えていただけますか。

顧客を1,000病院にしようと思っています。
もっと増やしたいと思っていた時期もありましたが、1顧客あたりの単価を増やす方向に軌道修正しました。僕らのビジネスモデルは医師を増やさないと成り立たないのですが、そのためにはコストも掛かります。そのため、限られた断らない医師を紹介する病院を絞り、病院の売上を増やすことに注力したほうがいいと思ったからです。

───では、1,000病院を達成したとして、次に考えていることはありますか?

「救急車のたらい回しをなくす」ことを目指し、全国3,000病院のうちの1,000病院に医師を供給できれば、ある程度救急車の断りはなくなってくるだろうと予想しています。

そうなると次には、病院に搬送する救急車台数の最適化だと思うんです。
それぞれの病院に受け入れの機能があっても、一つの病院でキャパシティを超えると対応できないですから、この領域も取り組みがいがありそうと思っています。

───「医療資源の最適化」というビジネスモデルは、世界に通用し得るんでしょうか?

救急の受け入れ体制は国ごとに違うため、「救急車たらい回し」に関しては日本特有の事業かなと思っています。
ドクターズプライムの「救急車のたらい回しをなくす」というビジョンは通過点であって、本質的にやりたいのは「理不尽によって患者さんが被っているペインをなくしたい」ということです。

ドクターズプライムのミッション

「情報の非対称性から生じる理不尽」は、救急車のたらい回し問題だけでなく、様々なところにあります。
例えば医師が手術を勧めたとしたら、従う患者さんは多いと思うんですが、本当に必要だったかわからない手術を、医師の都合で勧めたりすることも、実際問題あると思います。

こういった理不尽によって患者さんが被っているペインをなくしていきたい。
ですので、僕らは将来的にどんどん事業展開していきたいという思いを持っています。

事業をやっていく中で、今後増えていく病院と医師を活用して、患者さんに価値を提供していく方法については、自分たちも注目しています。

───田さん、どうもありがとうございました。