新たに事業を始めるにはまとまった創業資金が必要です。
創業融資での借入は、自己資金の2〜3倍と金額が限定的で、ベンチャーキャピタルから出資を受けるにも、起業家自身・プロダクトの実績が十分でないことがあります。
こういった起業家にとって「エンジェル」のような存在になるのが、エンジェル投資家です。
エンジェル投資家から、第三者割当増資(特定の第三者に対して募集株式を割り当てる方法により増資を行う、株式会社の資金調達の方法の一つ)により出資を受け入れる場合、銀行融資のように返済義務ありません。また、多くの場合エンジェル投資家自身が事業成功者であるため、エンジェル投資家から経営や事業に関する有益なアドバイスを得られるという金銭面以外でのメリットもあります。
起業家を資金・知識・経験・人脈面で応援してくれるすばらしいエンジェル投資家に出会えたなら、事業の成長にも大きな助けとなってくれます。
この記事では、エンジェル投資家の特徴からメリット・デメリット、エンジェル投資家の選び方など、「エンジェル投資」に関する基本的な部分について解説していきます。起業予備軍や起業して間もない時期の資金調達を検討している人は、ぜひ参考にしてください。
目次
エンジェル投資家とは
株式会社は1円で設立できるようになったとはいえ、創業時だけでも人件費や事務所の賃貸料、登記手数料など様々な費用がかかります。また、事業モデルによっては、軌道に乗るまでは収入がほぼないという場合もあるので、その間の会社の運営資金も必要になってきます。
しかし、新しく会社を立ち上げる時期や創業から間もない時期は、起業家個人や会社としての実績がないため、融資や出資が受けづらく、資金面で行き詰ってしまう起業家も少なくありません。
このような創業間もないスタートアップの資金を供給し、起業家の力になってくれる個人投資家を「エンジェル投資家」と呼びます。
「エンジェル」という言葉は、英国で演劇事業に資金供給する個人を表現した言葉に由来し、1978年に、ニューハンプシャー大学 ベンチャーリサーチセンター創設者のウィリアム・ウェッテルが、創業間もない企業に投資する個人を「エンジェル」と呼んだことから、この名称が一般化しました。
エンジェル投資家から、第三者割当増資で資金調達を行う場合*、銀行の借入とは異なり、株式と引き換えに資金供給を行うため、毎月の返済は必要はありません。また、ベンチャーキャピタルのように他社が出資した資金を投資するのではなく、原則として自らの資金を起業家へ投資します。
*その他、一定の価格で株式に転換する権利が付与されている「転換社債型新株予約権付社債」が用いられる場合もありますが、新株のみの発行とは異なり社債部分の利払いや償還金の対応が発生することがあります。
エンジェル投資家から投資を受けるメリット・デメリット
エンジェル投資家から出資を受けるにあたっては、以下の基本的なメリット・デメリットをしっかりと理解したうえで、出資してもらえるエンジェル投資家を探すことが重要です。
メリット①毎月の返済義務がない
銀行などの金融機関から融資を受けると、毎月元本と利息を返済しなければなりませんが、エンジェル投資家からの出資を受ける場合は、元本はもちろん、利息の支払いも一切必要ありません。
起業時は資金繰りで苦労する会社も多く、金融機関から融資を受けた場合は、短期的には毎月の返済が大きな負担になってしまうこともあります。
資金繰りが厳しくなりがちな創業時に、返済義務がないお金を手に入れられることが、エンジェル出資を受ける最大のメリットであるといえます。
返済義務がないとはいえ、多くの投資家の目的はあくまで最終的なキャピタルゲインを得ることです。当然ながら、起業家は投資家のキャピタルゲインを生み出すためにEXITを目指し、事業を成長させていく必要があります。
なお、エンジェル投資家は、投資先の失敗・倒産という非常に高いリスクを背負うことになるため、初期投資の10倍以上の収益を5年以内に得られるような投資案件を好む傾向にあります。
メリット②出資までの判断が早い
日本政策金融公庫による融資やベンチャーキャピタルによる出資に比べると、調達にかかる期間が短いことが特徴です。
日本政策金融公庫は審査から融資まで最低でも1カ月、ベンチャーキャピタルの場合は数カ月かかることもあります。
しかし、エンジェル投資家は自分の判断ひとつで出資を決めることができるため、決断までの時間が比較的短い傾向にあり、必要な資金をすばやく出資してもらうことができる可能性があります。
メリット③経営のアドバイスをもらえる
エンジェル投資家は、EXIT経験のある起業家、もしくはそのボードメンバーなど自分自身が成功をおさめた人であることが多く、成功体験に基づく様々な経営のアドバイスがもらえることも、大きなメリットのひとつです。
経営する中で迷いや悩みが生まれることもありますが、そのような時にエンジェル投資家は良い相談相手やアドバイザーになってくれます。
実際、起業準備中の起業家が直面している課題の1位と2位は「経営知識一般の習得」と「事業に必要な専門知識の習得」であり、起業者が起業時に直面した課題においても「経営知識一般の習得」が最も多くなっており*、このことからも、これまで様々な事業経験をしているエンジェル投資家からの専門的なアドバイスは起業家にとって非常に価値があるものであるといえます。
*中小企業庁委託「日本の企業環境及び潜在的起業家に関する調査」(2013年12月)
メリット④人脈が広がる
エンジェル投資家は会社の成功のため、自分の持っている人脈を積極的に活用してくれることが多くなっています。
通常では会えないような業界のキーパーソンを紹介してくれるなど、お金にはかえられないサポートをしてくれることもエンジェル投資家の魅力です。
デメリット①出資額の規模が小さい
エンジェル投資家は、原則として自己資金による投資を行うため、出資規模は数百万円〜数千万円程度となり、数億円〜数十億円投資できるベンチャーキャピタルに比べ平均的な出資額が低い傾向にあります。
大きな資金調達をエンジェル投資家のみで行いたい場合は、まずエンジェル投資家を複数人見つける必要がありますが、それでも目標額を確実に調達できるとは限りません。
数千万を超える大きな資金が必要な場合は、ベンチャーキャピタルや金融機関に相談することをおすすめします。
デメリット②経営に過度に口出しされる可能性がある
エンジェル投資家の中には、会社の成長を願うあまり、頻繁に状況説明を求めたり、細部に干渉してくる投資家もいます。
エンジェル投資家は株主ですから、ある程度丁寧な対応をすることも必要ですが、その対応に時間を取られすぎると、本来の業務に集中できなくなってしまう場合があります。
会社に出資してくれている株主ではありますが、業務に支障が出るようであれば「業務に集中したいので」と面会や電話を断りましょう。
エンジェル投資家とのつきあいは「個人対個人」といった側面があるため、気を使わなければならないことはデメリットの一つといえます。
デメリット③経営決定権に支障が出る
エンジェル投資に限った内容ではありませんが、エクイティでの調達においては経営決定権の問題がでてきます。
株式総会では持ち株比率に応じて議決権を行使できるので、エンジェル投資家の持ち株比率が多くなりすぎると、会社に対する支配権が強くなってしまいます。
仮にエンジェル投資家と経営者で意見や方針が食い違った場合に、経営者自身でが考えている方針で会社を運営できなくなる場合もありますし、最悪の場合は経営権そのものを失うこともあります。
以下は株主総会の決議の決定に必要な議決権をまとめたものです。
<決議の決定に必要な議決権>
議決権の3分の2以上の賛成が必要 | 議決権の過半数の賛成が必要 |
・定款の変更 ・合併や会社分割などの組織再編 ・事業譲渡 ・募集株式の発行 | ・株式譲渡の承認 ・取締役や監査役などの選任や解任 ・定時株主総会における計算書類の承認 |
議決権の面では最低でも株式の3分の2以上は保有しておく必要がありますが、将来の資金調達やストックオプション、創業メンバーのEXIT時のリターンなどを考えると、更に多く保有しておく必要があります。
エンジェル投資家の持ち株比率が妥当であるかどうかは、周囲の起業家や資金調達の専門家に確認するようにしましょう。また、出資してもらいたい金額と、発行する株式数が折り合わない場合は、他の資金調達方法も検討しましょう。
エンジェル投資家の選び方のコツと注意点
エンジェルに何を期待するかによって、エンジェル投資家の選び方は異なりますが、できれば経営者との相性が良く、会社の成長に一肌脱いでくれるような、経営面でも頼れる人を選ぶと安心です。
EXIT以外のときは、エンジェル投資家が一度得た株式を手放す可能性が低いといえます。
そのため、将来経営の方向性に食い違いが出た場合でも、エンジェル投資家から株式を買い戻すことは非常に困難で、もしできたとしても多大な労力・時間が必要になってしまいます。
そのため、エンジェル投資家選びは慎重に行うことが重要です。
以下のエンジェル投資家の選び方や注意点を参考にして、どの投資家に出資してもらうかということは、熟慮して決めるようにしましょう。
①エンジェル投資家は、初期メンバーと同じように慎重に選ぶ
②周りからそのエンジェル投資家の評判を聞く
③良い投資条件を引き出すため、複数の出資元と同時交渉する
④業界の知識や人脈、戦略立案への協力、有能な人材の紹介など、金額ではない部分も重視して選ぶ
⑤株式上場を目指す時期が、経営者の考えと同じかを確認しておく(早急な株式上場をのぞむエンジェル投資家もおり、将来意見の食い違いが発生する場合がある)
⑥今日中に決めてくれ、などと当日の決断を強要してくる投資家は避ける
⑦経営者との個人対個人としての相性が良いか、信頼できる人物であるかをみる
⑧他のエンジェル投資家にすでに出資してもらっている場合は、どのような投資家から資金調達をするかをあらかじめ相談する
⑨経営のアドバイスと称して、何かあるたびに都度手数料を取ろうとする投資家は避ける
エンジェル投資家の探し方
エンジェル投資家に出資をしてもらいたいけれど、どこで知り合えるのかがわからないという人も多いでしょう。
エンジェル投資家に出会う方法は主に3つあります。
①有名なエンジェル投資家に直接アプローチ
②セミナーやイベント・コンテストに参加
③マッチングサイトを利用
それぞれ詳しくみていきましょう。
有名なエンジェル投資家に直接アプローチ
エンジェル投資家として知名度が高い人に、TwitterのDMなどで直接事業の将来性や熱意をアピールし、投資をお願いする方法です。
もし、事業内容やあなたの本気度が伝われば、「とりあえず話を聞いてみよう」ということで、会って話ができる可能性があります。
ただ、有名なエンジェル投資家のところには、そのような問合せがたくさん来ていることが予想されるため、面会が実現する可能性が高いとは言えません。
知り合いの経営者からの紹介があれば、会える確率がぐっと高まりますので、そのような繋がりがないか一度Facebook等で共通の友人を探してみるのも一つの手です。
また、ソーシャルのアカウントで連絡を取る場合、当然ながら自身のプロフィールなどは確実に確認されると考えてください。プロフィール欄や過去の投稿等で、自身のPRがしっかりできていて、信頼性のある人物に見えるかどうかを、客観的に見てみましょう。
ピッチやスタートアップのイベントに参加
起業や資金調達に関するセミナーやイベントでは、エンジェル投資家が審査員やパネリストとして参加している場合があります。
ピッチコンテスト等であればに事業内容をアピールすることができますし、ネットワーキングの時間などが設けられているイベントであれば、直接声をかけることができるかもしれません。
どのタイミングでチャンスが訪れるかはわかりませんので、日頃からスタートアップ向けのイベントやピッチの情報をチェックするようにしましょう。
マッチングサイトを利用
最近では、エンジェル投資家と起業家を結びつけるマッチングサイトなども出てきています。
投資を依頼するエンジェルがどのような領域に興味を持っていて、これまでどのようなスタートアップに投資しているのかを確認してコンタクトしてみましょう。
マッチングサイトを利用する際は、エンジェル投資家が信頼できる人物かを確認したうえでやりとりを行いましょう。金融商品取引法をはじめとした関連法令やサービスの規約などを十分に理解することも必要です。
まとめ
起業家を資金面以外の色々な面から支援してくれるエンジェル投資家は、事業をはじめたばかりの経営者にとって頼もしい存在です。
しかし、経済的な見返りの他に、自身の経験や人脈を有効活用して新しい世代の起業家へ還元したいといった考えのエンジェル投資家が数多く存在する一方で、経済的なリターンのみ追求する投資家や、必要以上に経営に干渉してくる投資家も存在します。
創業期の出資の受け入れは、将来の会社の運命を左右する重要決定事項です。エンジェル投資家と出資交渉を行う際には、必ず事前にお互いが何を期待しているのか、しっかりと理解し合うことが重要です。