社債は新聞記事などで目にする機会が多く比較的馴染みがあるものだと思いますが、私募債(しぼさい)については聞いたことはあっても中身を詳しく知らないという若手の起業家の方が多くいらっしゃいます。
株式出資で調達すると創業者の持ち分比率の低下や買い戻しなどの問題が発生する可能性がありますが、私募債はデッドファイナンスの一種で原則として負債による資金調達なので、創業初期のスタートアップや中小企業でも利用しやすい資金調達といえます。
今回はこの私募債について、社債とも関係付けしながら、私募債とは何か、どんなときに利用できるのか、私募債のメリットデメリットなどについて解説していきます。
目次
社債とは?

私募債について説明する前に、まず社債について理解しておきましょう。
社債とは企業の資金調達手法の一つで、一般の企業が資金を募るために有価証券(債券)を発行し、投資家に購入してもらうことで資金を調達する仕組みのことを指します。
社債では借入金額・返済日・利息が予め決定され、それらの条件が投資家へ提示されます。
投資家はこれらの条件と信用リスクを確認のうえ債券を購入し、償還日までの間、発行企業から定期的に利息を受け取ります。満期となる償還日には額面金額が投資家に払い戻されます。
債券の種類
債券は「公共債」と「社債」の総称で公社債とも呼ばれます。
このうち「公共債」は、国や地方公共団体や政府関係機関などの発行する債券のことを指します。皆さんご存知の「国債」は各国の政府が発行する債権になりますので、公共債に分類されます。一方「社債」は、民間が発行する「民間債」のうち、主に一般企業が発行する債券を指します。
発行主体で債券を分類したのが以下の図です。

社債の種類
一般的な社債は、募集方法、新株予約権*の有無、担保の有無などの違いで以下の4種類に分けることができます。
・少人数私募債
・銀行保証付き(含む信用保証協会付き)私募債
・新株予約権付き社債
・公募社債
※新株予約権付き社債:転換社債(CB)とも呼ばれ、一定の条件で発行体企業の株式に転換できる権利が付いた社債のこと
上記の4種類の社債の特徴をまとめたのが以下の表です。
小 ← 企業規模 → 大 | ||||
調達手段 | 少人数私募債 | 銀行保証付き私募債 | 新株予約権付き社債 | 公募社債 |
募集方法 | 私募 | 私募 | 私募または公募 | 公募 |
担保の有無 | 無担保 | 無担保または有担保 | 無担保 | 無担保または有担保 |
新株予約権の有無 | 無し | 無し | 有り | 無し |
発行企業 | 中小企業向き(大手海外銀行が発行する場合もある) | 中小企業が発行企業の場合、保証付き*が多い | 新規上場予定の中小企業向き(上場企業が発行する場合もある) | 大企業向き |
※銀行保障付き私募債には、銀行単独保証と銀行・信用保証協会の協同保証形式があります
公募債と私募債
証券会社を通じて不特定多数の投資家を対象として募集される「公募(社)債」に対して、少数の投資家が直接引受する社債のことを「私募(社)債」と呼びます。
広く一般に募集を行う公募債では大規模な資金調達が可能ですが、有価証券届出書の提出や投資家に対する目論見書の作成など手続きが複雑であることに加え、手数料等のコストも大きいため、スタートアップや中小企業にとっては手が出しづらい形態です。
一方で私募債は、限られた少数の投資家を対象にした発行形態であるため、一般的には小規模な資金調達になるものの、公募債と比べ手続きが簡略化されているため、スタートアップや中小企業でも利用しやすい形態であると言えます。
90年代までは厳しい発行条件や財務上の制限を満たすことができ、かつ知名度・信用力を背景に公募債により十分な投資家・資金を調達できる大企業を中心に公募債が利用されていましたが、その後の社債発行限度額、受託会社制度の撤廃、証券受渡決済制度の改革、適債基準の撤廃など社債の自由化が進んだことにより、少人数私募債を中心に中小企業においても社債を利用しやすい環境が整いました。
銀行借入れとの違い
自社で発行する私募債と銀行からの借入れにはどのような違いがあるのでしょうか?
以下ではそれぞれの特徴からその違いについて解説します。
私募債の特徴
前述の通り、私募債は企業が自社の信用力を背景に債権の形で発行して、個人投資家に購入してもらい資金調達する方法です。私募債・公募債とも、企業自ら資金調達することから「直接金融」と呼ばれます。
社債の特徴は、原則、元金の返済方法が償還期日一括返済であること、金利は固定金利である点です。
一括返済であることが多く銀行借入と比較して、期間中の資金繰りに余裕ができ、金利も自社に有利な条件に設定できるためメリットの大きい資金調達方法と言えます。
銀行借入の特徴
銀行借入は銀行から必要資金を借りて利用する資金調達方法です。必要資金を出すのは銀行ですが、銀行が貸し出す資金の出し手は預金者なので「間接金融」と呼ばれます。
銀行借入では借入審査が入るため、財務状況が芳しくない場合は借入ができない場合もあります。
また民間の銀行融資の場合、融資期間は原則1年以内の短期、変動金利が基本になってきます。
金融機関からの融資で調達した資金は、企業の資金目的に応じて設備資金・運転資金の両方に利用できますが、一般的に最初の融資取引では短期資金融資からスタートすることが原則で、取引実績ができてからでないと長期で十分な資金が得られない可能性があります。
私募債の種類と特徴

私募債は販売する投資家の種類、人数などによって以下の2つのタイプに分けることができます。
・少人数私募債
・プロ(適格機関投資家向け)私募債
以下の章で上記の2つのタイプについて解説します。
少人数私募債
私募債のうち、50人未満の一般投資家を対象に証券会社等を介さず直接勧誘する私募債を少人数私募債と言います。
少人数私募債では発行会社の役員の身内や友人、知人(適格機関投資家を含まない)に限定して勧誘することができます。裏を返すと、自力で引受人を募ることになるため、縁故者に対する信用力が必要になります。
一方少人数私募債は発行条件として、勧誘する投資家50人未満(過去6ヶ月の通算)、発行総額が1億円未満、1口当たりの最低発行額が発行総額の50分の1以上などの制限があります。
購入者に対して、発行会社が債権者数の管理を行う必要から、私募債の譲渡制限も設けねばなりません。
また50人以上の場合はその時点で私募債でなく公募債に該当してしまう点、1億円以上の場合は投資家に対する文書での告知義務が課せられる点、最低発行価格が発行総数を50で割った額を下回る場合は社債管理会社を置く必要がある点には注意が必要です。
プロ(適格機関投資家向け)私募債
私募債のうち、販売相手が金融機関や一定の要件を満たした企業など、適格機関投資家の場合をプロ(適格機関投資家向け)私募債と言います。
プロ私募債では、発行に際して販売対象者の人数制限がないだけでなく、発行総額、1口当たりの最低発行額にも制限がないのがこの私募債の特徴です。
ただし適格機関投資家50人以上を相手に販売するのは、一般的な中小企業には実質不可能なので、まず少人数私募債を選んだほうが適切な判断と言えます。
銀行保証付き私募債(社債の引受けが銀行のみの場合)
プロ私募債のうち、私募債を購入する適格機関投資家が金融機関のみ(メガバンク、地銀等)のケースがあります。これを銀行保証付き私募債と言います。
以下、銀行保証付き私募債の仕組みについて解説します。
私募債の発行企業と取引のある銀行が、発行企業から依頼を受けて、私募債を発行する企業の信用保証、事務委託取扱い(元利金支払い等)、私募債引受け(購入)を一手に引き受けます。
私募債を取り扱う銀行は、保証料、事務委託手数料、私募債発行金利等を受け取ります。
一方私募債の発行企業は、銀行保証で自社の信用力が補強され、かつ私募債を全額その銀行が引受けてくれるので投資家を募集する手間が省けます。
また副次的には銀行が私募債を引き受けてくれたという事実は、その企業の信用力・知名度の向上につながるので、新しい取引先との契約、既存取引先との取引拡大にも貢献します。
さらに普通社債は資金調達できても大規模設備案件など資金の利用目的が限られますが、銀行保証付き私募債は調達期間が2年~7年と長く、長期安定資金として色々な目的に使えます。
このように様々なメリットがある銀行保証付き私募債ですが、一方で銀行借入れに比べると保証料等、間接コストが多くかかるので、創業初期のスタートアップが使いやすい資金調達手段とは言えません。
自社に信用力があり財務状態も良好であるならば、まずは私募債でなく、通常の銀行借入れを検討してみましょう。
信用保証協会保証付き私募債
銀行保証付き私募債が、銀行が単独で企業が発行する私募債の保証を行うのに対して、信用保証協会保証付き私募債は、銀行と信用保証協会が共同でその私募債の保証を行う私募債のことを言います。
もちろん信用保証協会保証付き私募債の購入先はその銀行です。
この場合、私募債発行企業は銀行と信用保証協会に別々に保証料を支払わねばならないので銀行保証付きよりさらにコストが高くなるデメリットがあります。
少人数私募債のメリットデメリット
社債の中でも少人数私募債は、中小企業が比較的取り組みやすくかつ販売しやすい金融商品です。
その理由は縁故者に限定して、プロ投資家でない一般人へ募集をかけられる点にあります。
そこでこの章では少人数私募債に限定して、そのメリットデメリットを解説します。
少人数私募債のメリット
少人数私募債のメリットは以下の8つです。
①発行会社役員の家族・親戚等の身内、友人知人、取引先など、縁故者に限定して販売できる
②私募債発行において会社が保証人や担保を用意する必要がない
③公募債発行とは違い有価証券届出書の提出が不要で発行手続きが簡単
④銀行が設定した資格要件を満たす必要がない
⑤会社としての正式な手続きを踏むため、個人間のお金の貸し借りに比べてトラブルが少ない
⑥株式出資による調達とは異なり、経営の自由度を保てる
⑦利息の支払いは毎月でなく年1回や一括も可、損金参入もできる
⑧原則元金一括返済であるため、期間中の資金繰りに余裕ができる
⑨内容によっては金融機関からの信頼獲得につながり、融資条件が有利になる
少人数私募債のデメリット
一方、少人数私募債のデメリットは以下の3つがあります。
①原則償還期日一括返済であるため、償還日付近のキャッシュフローへの影響が大きい
②株式出資による調達と異なり定期的な金利支払いが伴う
③必ず必要額がまかなえるか保証がなく、目標金額に到達しない可能性がある
私募債による資金調達の流れ
最後に、私募債の中でも中小企業でも利用しやすい「少人数私募債」による資金調達の流れを解説します。
STEP1:事業計画書、募集要項、勧誘書類の作成
予定通り資金が集まるかどうかは、まさに事業計画書やプレゼンテーションの出来栄えに掛かっています。
会社の現状分析に加え、未来像や計画をしっかり情報開示できるようしておきましょう。
STEP2:社債発行決議
社債発行は会社としての重要案件なので代表者が単独決済できません。必ず取締役会、または株主総会の決議が必要です。
STEP3:社債引受人の決定
少人数私募債では49名以内への声かけ(勧誘)が絶対要件です。
STEP4:社債引受人に対して説明会開催、申込みの受付および審査
社債引受予定人に対して事前の説明会を開催します。
また申込時に、個々の引受人が引受内容をきちんと理解しているか、のちのトラブル防止のためにもしっかりチェック審査する必要があります。
STEP5:社債発行総額の決定および募集決定内容の通知・発送
引受人に対して、引き受けてもらった社債の口数・金額および会社の振込口座明細情報が入った文書を送付します。
STEP6:振込金の受領・口座確認・社債券の発行
社債引受人から購入代金が振り込まれてくるので、金額に間違いがないか、きちんと確認する必要があります。
確認が終わったのち、個別に社債券の発行手続きに入ります。
STEP7:社債原簿の作成
社債原簿とは、社債を購入してもらった引受人の個人情報を記録した書類のことです。
作成後、会社内で社債原簿を保存することはもとより、会社法で作成が義務付けられているため作成を省略することは許されません。
STEP8:社債の償還
社債の償還期日には社債を引き受けてもらった各人宛に、元金を返還しなければなりません。
上記のステップを把握したうえで、スムーズに資金調達するためにもしっかりスケジュール管理して手続きを進めましょう。
まとめ
この記事では私募債の概要・メリデメ・手続きの流れについて解説してきました。
少人数私募債は銀行融資などとは違い条件面の自由度が高いことに加え、株式出資のように経営への関与もないため、非常に利用しやすい資金調達方法であるといえます。
銀行融資や第三者割当増資などと比較するとあまり馴染みのない方が多いと思いますが、資金調達手法の一つとして是非頭の片隅に置いておくようにしましょう。